そもそも昨年の文科省の「総理の意向文書」から何もかもおかしくなった。これが、あたかも公文書が隠蔽されたかの印象をもって報道された。こうして、職員個人のパソコンに残された下書きを含む文書までを「隠蔽だ!」などという次元の低い批判が許されて今日にいたる。